夕飯を食べながら、見るとはなしにテレビのニュースを見ていた。関東地方が梅雨入りをした、と気象予報士の若い女性が告げていた。レモンイエローの半袖のツインニットの後ろには青い画面が広がり、日本列島を映していた。味噌汁の入った椀を口元に持ってきた時、つっ、とガソリンの匂いが立った。吐き気がこみあげ、私は急いでトイレに向かった。ひとしきり吐き終え、床に座ったまま、汚れた口を手の甲で拭った。
「ガソリンの匂いなんて、するはずないじゃない。いい加減に忘れなさい」
声に出して自分を叱りつけたが、語尾は震えて消えた。
土曜であろうと祭日であろうと、ガソリンスタンドに勤務していたシンヤに休みはなかった。早朝に出ていき、帰宅するのは毎晩十一時頃。勤務はシフトが組まれているはずなのに、それも店長の仕事のうちなのか、要領が悪いのか、いつも貧乏くじを引かされているようだった。
「いくら平日に休みがとれたって、なんにもならないじゃない。私は仕事だし。有給を取って休みにしても、シンヤは一日中、寝てばかり。今度はシンヤが日曜日に休みをとってよ。満足に休みをとることもできないの?」
その朝、玄関で靴を履いていたシンヤの背中に向かって、私は言った。不満をそのまま口にすれば、最後は喧嘩になってしまう。仕事に出る時に喧嘩はしたくない。わかっていたけれど、どうにもならなかった。
二人で働いても余裕のない生活。長時間働こうが、腰が痛くなるまで頭を下げようが、給料は上がらない。上司にセクハラを受け、同僚に嫌味を言われ、毎日毎日じとじととした日々が続き、ストレスが溜まっていた。同棲を始めた時は何もかもがバラ色に見えていたのに、その頃は八方塞の日々だった。
「……ごめん」
そう言って、シンヤは振り返った。靴を履いたまま玄関マットの上に立ち、私を抱きしめる。ガソリンの匂いが微かに立った。
私は身体を乱暴に捩って、シンヤの腕から逃れた。
シンヤは少しの間、私をみつめていたが、顔をそらすと、無言のまま外に出た。
それから、ひと月もしないうちに私はアパートを引き払った。北海道の実家に戻り、見合いをして結婚したが、長続きはしなかった。
旧姓にもどり、一人で暮らし、何もかも忘れて新しい生活を始めようとしたけれど……。
―了―
〜三語「梅雨・ガソリン・日曜日」、課題はなし。
久々に書いたー。
鍛練場投稿作品のラストは、なんだか読者に親切すぎて、つまんないので、こちらでは変えてみたけれど、うーん。
あまり、よろしくない(^^ゞ