先生、こんにちわ。
お手紙をどうもありがとうございます。とてもうれしくて何回も何回も読みました。毎日何回も読んでいたら、びんせんの紙がぼろぼろになってきたので、今は一日に一回だけと決めています。お手紙は全部おぼえているので、読まなくてもいいのですが、先生の字を見ていたら、先生があたしの目の前にいるような気がしてくるので、それで、毎日読んでいます。
先生はお元気ですか。あたしは元気です。あたしはここに来て少し太りました。
今日は雨がふっているので、農園に行けません。農園に行くのは楽しいです。みんなで歌を歌いながら行きます。「おおまきばはみどり」や「メリーさんのひつじ」や「ドレミの歌」を歌います。「はにゅうのやど」を歌うと泣く人がいるので、それは歌いません。あたしは「はにゅうのやど」が好きです。先生がオルガンをひいてくれましたよね。
農園に着いたら草とりをしたり、こやしをまいたりします。みんな、こやしはくさくてきたないからいやがりますが、あたしは平気です。カボチャやニンジンが大きくなっていくのは楽しみです。秋になったらイモといっしょに先生のところに送ります。楽しみにしていてください。びょういんにいるみゆきちゃんにも食べさせてあげてください。みゆきちゃんはお元気ですか。みゆきちゃんはおこっていませんか。みゆきちゃんはあたしのことを何か言ってますか。みゆきちゃんの顔はきれいになりましたか。
先生は、あの時のことを正直に話しなさいと言いましたが、わからないのです。どうしてあんなことをしたのか、今でもわからないのです。夜、ふとんに入ってから考えるので、少し思い出したこともあります。でも、わからないです。
あたしはみゆきちゃんが好きでした。男と女の好きという意味ではありません。おねえちゃんのようで好きでした。みゆきちゃんはナンバーワンのホステスでした。よう子ママよりお客さんが多かったと思います。よう子ママの売り上げは知らないのですが、たぶん、ずっともうけていたと思います。土よう日の夜はあっちこっちのテーブルから指名がかかって、みゆきちゃんは赤のチャイナドレスで、お店の中を動いていました。あたしも早くみゆきちゃんのようになりたいと思いました。
みゆきちゃんはやさしかったです。他のお姉さんたちは、いなかから出てきたあたしをバカにしてました。あたしのなまりをまねしたり、あたしがテレビを見たこともない、と言ったら、どっと笑いました。でも、みゆきちゃんは、あたしをかばってくれました。ドレスをかしてくれたり、おけしょうのやり方を教えてくれました。マッチのすり方も、お客さんに水わりを出す時に、どうやって出すのかも教えてくれました。うどんをおごってもらったこともあります。
後で、みゆきちゃんも小学校の時に、あたしと同じいなかに住んでいて、先生に習ったことを知りました。みゆきちゃんも「はにゅうのやど」を歌ったって言ってました。
お姉さんたちにはナイショです。みゆきちゃんは生まれも育ちも東京だってウソをついているからです。あたしとみゆきちゃんだけのひみつです。あ、先生も知っているから三人だけのひみつです。
あの夜は雪がふっていました。火よう日で、お客さんはだれも来ませんでした。よう子ママは店じまいをするから、と言って、十時には、お姉さんたちもバーテンのエイジさんも帰しました。でも、話があるからと言って、みゆきちゃんをお店に残しました。あたしもいったん帰ったのですが、とちゅうで、わすれ物をしたことを思い出して、お店にもどったんです。
うら口からお店に入ろうとして、びっくりしました。よう子ママとみゆきちゃんが、つかみあいのケンカをしていました。ママの帯はほどけ、顔は鬼のようで、結ったかみはぐしゃぐしゃになっていました。ママがみゆきちゃんの顔をはたくと、みゆきちゃんもママの顔をはたきかえしました。ママは「この、どろぼうねこっ! 今までのおんをわすれたのかい!」とどなりました。みゆきちゃんは「エイジさんはわたしをあいしているの。わたしと大阪に行って新しい店を持とうって言ってくれたのよ。年増のやっている、こんなしけた店じゃなくて、ミナミに大きな店を出すのよ」とわめいてから大声で笑いました。
バーテンをやっていたエイジさんは、ママのいろだったんです。先生、信じられますか? だって、ママは四十をすぎていたし(お客さんには三十四才って言っていたけれど、本当は四十五才だったんですよね。さいばんの時に知りました)、エイジさんは二十五才くらいなんですよ。
あたしは知らなかったんです。みゆきちゃんが大阪に行くことも、エイジさんとのことも。みゆきちゃんはあたしに何も言ってくれなかったんです。
ぼうっとしていたら、ママのさけび声が聞こえました。そっちを見ると、ママが包丁を両手でにぎっていました。あたしはあわててお店の中にとびこみました。ママを止めようとしたのですが、ママがあばれて、そのひょうしに着物のそでが、ストーブのやかんにひっかかったんです。ストーブはたおれ、やかんのお湯がじゅうじゅうと音を立て、白い煙となりました。そして、火はあっという間にイスやカーテンに、もえうつりました。
みゆきちゃんが顔から血を出して、たおれていました。ママはいませんでした。さっさと逃げたんです。お店の中にはあたしとみゆきちゃんだけでした。
みゆきちゃんは「いたい、いたい」って泣いてました。
「エイジさんを呼んできて」とも。
あたしはエイジさんを呼ぶより、みゆきちゃんのそばにいたかったんです。だって、あたしとみゆきちゃんの二人っきりだったんですよ。それに、エイジさんがどこにいるかなんてわからなかったから、呼びに行きようがないですよね、先生。
たくさん書いたからつかれました。
また、今度、手紙を書きます。
みゆきちゃんと先生に会いたいです。先生がオルガンをひいて、みゆきちゃんといっしょに「はにゅうのやど」を歌いたいです。
−了−
〜「鬼、ママ、お手紙」
誤字脱字、誤記誤用がなければいいんだけど(笑)。
ちなみに、私は「こんにちは」派です。