瞼を開けた時、不安がたゆたっていた。自分が自分じゃないような、私の中が空っぽのような、躯の重心がずれてしまったような、そんな感じがしたのだ。ぼんやりとした頭のまま横たわっていると、ああ、そうか、私は仰向けに寝ているのだ、眠っていたのだ、とわかった。背中は寝台のスプリングを感じ、後頭部は羽根枕の柔らかさを感じていたことを、今、知った。部屋全体が薄暗く、消毒薬の匂いがした。視力の悪い私の目は一メートル先ですらぼやけ、焦点を結ばない。けれど、シーツや掛け布団カバーは白く、きっぱりとした白さは確かだ。糊がきいているシーツは身じろぎをすれば硬い皺が寄り、肌に痛い。寝台に片肘をついて半身を起こそうとした。そういえば、眼鏡はどこだろう。
「無理をしない方がいい」
低い声がした。深みのある、男性の声だった。
「もう少し眠りなさい。さあ、目を閉じて」
柔らかな声だったが、その命令口調が勘に触った。私の肩に手が置かれ、腕の付け根に向かって視線を動かし、ようやく声の主を見つけた。男性であることはわかったけれど、顔の造作までは見えない。記憶を総動員して男の名前を探す。
わからない……。頭が締めつけられる。痛い。
「君は階段から落ちたんだ。怪我はたいしたことはなかったんだが頭を打ったからね、それで少し忘れっぽくなっているけれど、心配ないから、じきに何もかも思い出すよ」
男が早口に告げた。
階段から落ちた、頭を打って、忘れっぽく……。
男の言葉を反芻しながら、ジグソーパズルのピースを嵌めていく。それからそれから、他のピースは何? ピースが足りない。足りないから私は空っぽ。
「さあ、大丈夫だから。飲み物を持ってこようか、お気に入りのアップルティーがいいかな」
お気に入りのアップルティー、私はアップルティーがお気に入り、ティー。
「ティ……イィ」
舌が思うように動かない。粘つく口の中で、何度もティーという言葉を繰り返す。
「ああ、喉が渇いているようだね、今、持ってくるから、横になって待っていてくれ」
「ティ……イィ、ティ……イ、テ……イ、テイ、テ……」
掠れた声で何度も何度も繰り返す。忘れちゃいけないもの、絶対に忘れちゃいけないものがあったのだ、何だったのだろう。私は夫の腕を掴んだ。テイ、テ、いや違う、テ、デ、ディ、テディ!
思い出した。とても大切なものだ、私にとって、私達夫婦にとって。
「テディ、テディはどこ?」
私は小さく叫んだ。少しの後、夫は部屋の隅に行き、すぐに戻ってきた。焦げ茶色の塊を私の胸に置いた。ふわふわとした手触り、黒のつぶらな瞳、小さな耳、つんとした鼻。首に青のサテンのリボンが結ばれた熊のぬいぐるみ。私は抱きしめた。
「あなたに名前をつけてあげなくちゃね、テディだからセオドアはどうかしら、ねえ、あなた」
私は夫に向かって微笑んだ。
ようやく全てのピースが埋まった。私達夫婦にとってとても大切なもの。あなたのことを忘れていたなんて、私はママなのにね、ごめんなさい、セオドア、もうこれからはあなたのことを絶対に忘れないから。
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お題「ぬいぐるみ、パズル、記憶」
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あー、ちょっとマズった〜。
夫の腕を掴んだ時に、夫の顔を歪ませれば良かった。主人公は自分が強く掴んだから、夫は痛がっている、と思い込む。
うー、後の祭りだ〜orz
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あー、ダメだ。ちゃんと表現されていない。
ラスト、妻は記憶の全てを思い出してはいないのだ。
テディベアのセオドアが、自分達夫婦にとって大切なものだと思い込んでいる。
真実は違うことを夫も読者も知っている、という風に書きたかったんだけど、これじゃダメぽりん。