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Author:芳野 朔
芳野です。自作小説と手芸、日々の雑感をたま〜に綴っていきます。尚、ここに投稿された小説の著作権は全て私、芳野にあり、他の文章はその筆者に著作権があります。無断転載・盗用等を禁止します。

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『いつかイルカの夢と漂って』

 まひるちゃんが新婚旅行のお土産に七宝焼きのロケットを買ってきてくれた。
「ほら、ここを押すと開くでしょ。中に写真を入れることができるのよ。沙耶ちゃん、好きな人の写真を入れれば、いつも一緒にいるみたいな気分になるよ」
 私はこっくりと頷いて藍色のロケットを受け取った。楕円形のロケットは真ん中がこんもりと盛り上がっていて、シルバーのイルカが描かれていた。まひるちゃんは一言二言付け加え、私の頭を撫でると部屋から出て行った。

 
 まひるちゃんは私より十歳上のお姉さん。
 本当の名前はあひる。生まれたての赤ちゃんを見たお父さんが、口元がアヒルにそっくりだったものだから、「やあ、あひる」と呼びかけて、それが名前になるとこだったんだけど、お母さんが猛反対して「まひる」になったんだ、と笑いながら言っていた。
 神話の世界では神様が最初に口に出した言葉が、そのものの名前になるのにね、とまひるちゃんは、ふっ、と付け加えた。
 でも、私にはまひるちゃんは真昼ちゃんのままで、それが一番しっくりとくる名前。

 まひるちゃんの言葉は全部覚えている。
 真面目くさった顔で言ったことも笑いながらの冗談も、おまけのように、ふっ、と付け加えた言葉も。おまけの言葉は最後に言うものだから、もしかすると、他の言葉よりもずっと私の心に沈んでいるのかもしれない。

 私がお家から出られなくなったのはいつからだろう。
 小学校五年生の春か夏の始まりの頃?
 お父さんの仕事の関係で今まで住んでいた街から引っ越してきて、学校も変わって、友達が全然できなくて、それからそれから……。学校に行こうと頑張ってみたけれど、校門を見ただけで足がすくんで動けなくなった。夏の初めには朝ごはんの匂いを嗅いだだけで吐いてしまったり、おなかが痛くなってトイレから出られなくなった。
 お母さんに怒られたり泣かれたりして、お父さんはそんなお母さんを怒って二人は大喧嘩をして、私はベッドの上で布団をすっぽりとかぶって震えていた。丸くなったまま、どんどん小さくなってしまえばいいのに、っていつも思っていた。夜は怖い夢にうなされるから、部屋の灯りをつけっ放しでないと眠ることができなかった。

 学校に行かなくてもいいよ、ってお父さんとお母さんが言ってくれたのは秋の終わり頃。でも、ちゃんとお勉強はしようね、と、家庭教師の先生を連れてきた。
 ショートカットで小柄な大学生のお姉さんは、お化粧もしてなくて、年も私とそんなに違わないような気がした。小さな顔に瞳が大きくて、唇は薄いけれど横に大きめ。ちょっと唇を尖らせ、そのまま横に広げて、にこっと笑った。口元の左には笑窪ができた。
「こんにちは、沙耶ちゃん、オカダアヒルです。岡山の岡に田んぼの田、醜いアヒルの子のアヒル、変な名前でしょ、でも本名なんだ。あ、眉毛、ちょっと失敗して薄くなっているから、怖そうに見えるだろうけど、全然怖くないからね。ヨ、ロ、シ、ク!」
 私はびっくりしてお姉さんの顔を見てしまった。お姉さんは頬を膨らませて顔を真っ赤にしたかと思うと、ぷーっと吹き出した。
「ゴメンゴメン。本当はね、こう書くの」
 お姉さんはトートバッグの中からノートを取り出すと「岡田まひる」とボールペンで書き、名前の話をしてくれた。
 
 まひるちゃんは大学を卒業してからも私の家庭教師をしてくれた。一緒に映画に行ったり、お洋服を買ったり、ボーリングやカラオケにも行った。まひるちゃんのお仕事が忙しくなって、まひるちゃんに彼氏ができて、私と会ってくれる時間は少なくなったけれど、メールや電話でいつも話してくれた。
 まひるちゃんが彼氏と結婚することになって、私はとてもとても喜んだ。まひるちゃんの結婚式にも招待されて、教会から出てきたまひるちゃんがとても綺麗で、本当に本当に嬉しかった。まひるちゃんが幸せなんだから、だから、私も嬉しい、きっと。きっと。


「イルカはね、夢を見ないの。でも、一緒に泳いだ人の夢を感じ取るんだって。怖い夢も悲しい夢もイルカが代わりに引き受けてくれるの。だから、沙耶ちゃん、夜もこのロケットをつけていると、大丈夫だよ」
 そう付け加え、私の頭を撫でるとまひるちゃんは部屋から出て行った。
 暗闇の中に私はまた一人。
 私はイルカのロケットを握りしめ、「大丈夫だよ」とまひるちゃんの言葉を繰り返す。そのうちにロケットが温かくなった気がして、掌を開いてみると、イルカがほんわりと灯っていた。

 ーー了ーー

「あひる、七宝焼、ロケット」「嘘をつく話」







 ラストがなんだかグダグダだ。
 もうちょっとスマートな終わり方にしたかった。

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