がらんとしたオフィスで、俊也は写真の選別をしていた。テーブルいっぱいに夜景の写真が置かれている。一枚を目の高さに掲げてみたり、横から見ていたり、少し窪んだ目が充血していた。
毎週金曜日、待たされるのが嫌になって、私はお菓子教室に通い始めた。卵と生クリーム、ラム酒やコアントローの香りの中で甘いお菓子を作り、出来上がったものを持って俊也のオフィスへ向かう。運が良ければ一緒に食事に出かけることができるけれど。
「俊也、まだかかりそう?」
声をかけると、俊也はようやく私に気付いた。
「あ、いけね、もう九時過ぎてた?」
私は右手に持っていたトートバッグを掲げた。
「うん。今日はね、バームクーヘンを作ったの。食べる?」
「お、いいね。佳奈子、この頃腕を上げたもんな。バームクーヘンって、ぐるぐる巻いている薪のケーキだろ、クリスマスに食べる」
「クリスマスに食べるのはブッシュドノエル、フランスのお菓子。バームクーヘンはドイツのお菓子。全然違うものだよ。お茶、入れるね。コーヒーでいいの?」
「ああ、頼む。少し濃い目にしてくれ。徹夜になりそうだから」
私はコートを脱ぎながら、テーブルの上の写真を見た。
夜景に浮かぶ高速道路。カーブの向こうには街並みが光の粒となって煌いている。走る車のライトは後ろへと流れ人魚の尾のようだ。幾千もの光の中から人魚はどうやって泳ぎ着く先を見つけるのだろう。どの光も似ているけれど、全然違うのに。
ね、私は光に辿り着くことができるの?
「クリスマスにはブッシュドノエルを作るわね」
「あ、ゴメン。三十日まで仕事が入っている」
「じゃあ、しばらく会えないね。私、二十九日には実家に帰るから」
早口で言い、キッチンへ急いで向かった。
「佳奈子!」
言い訳なんか聞きたくない。飲み込んだ言葉が私の心臓を打つ。
「正月には鳥取に行くから」
俊也がやって来て私の腕を掴む。
「砂丘を、砂丘の写真、撮りたいって前々から思っていたんだ。ついでに佳奈子の親に挨拶もするから」
「……ついで、に?」
私は顔を背けたまま呟いた。
「ちゃんと、ちゃんとするから。だから、そんな顔しないでくれ」
後ろから抱きしめられ、私は小さく頷くことしかできなかった。
―了―
「人魚、高速道路、バームクーヘン」、「シリアスな展開で」
久々に三語を書いた。
しかも、珍しく1000字以内(916字!)。
だけれども、設定は前に書いたのと(昨年のこのくらいの時期)と似ていて、なんともはや。
あー、今気がついた!
「全然違う」は使い方がおかしいー!!!
orz