「蟷螂」
「は?」
「いや、だから、いいぼむしりってのはカマキリのことで」
ス、
「カマキリ? カマキリって、あの昆虫の? 手がハサミになっているヤツ?」
「そう! そうなんだよ、カマキリは平安時代には、いいぼむしり、鎌倉時代には、いもじりって言っていたんだ。あ、それから手じゃなくて前肢で、ハサミじゃなくて鎌だよ、原田さん」
ス、ス、スス、
「あ、そう。で、そのカマキリがどうしたの?」
「ス」
「酢!?」
「い、いや、そうじゃなくて、つまり、その、カマキリに違う名前があるように、物事には違う意味があって」
ス、ス、スススス、
「紺野」
「はい?」
「何が言いたいの? あたし、これから部活なんだけど。生物の勉強でもしたいワケ?」
「あー、だからですね、生物じゃなくて、英語のアポストロフィー・エスなんだけど」
オ、オレ、オレの、
「だから何?」
「オ、オレ、オレオレッ、のアポストロ」
「あー! ウザいっ! 勉強の話をしたいんだったらオタク仲間の相沢としてくんない? あたし、部活だから。邪魔っ、そこどいてよ!」
「いてっ」
原田亜佐美はオレの足を踏みつけると、鞄とスポーツバッグを持って教室を出ていった。
残されたオレの肩を相沢がぽんぽんと叩く。
「残念だったね、紺野クン。これで五回目だけど、今回も玉砕でしたね。原田さん、中間テストで現国、赤点だったって噂だし。読解力ないんだから、仕方ないですよ。次の手を考えましょう」
オレは相沢を睨みつけた。文学的表現で知的に迫れ、と言ったのは、他ならぬこいつだ。オレは相沢の手を振り切ると駆け出した。階段を上り、屋上に出る。オレンジ色の夕陽が、今、まさに向こうの山に沈もうとしていた。
好きだーっ! オレのものになってくれーっ!!
オレは夕陽に向かって叫んだ。心の中で。
カギカッコの台詞を、いつになったら言えるのだろうか……。
―了―
三語即興文 「カギカッコ、アポストロフィー・エス、蟷螂」
774文字っ!