ドリーはキモノ姿の自分を鏡に写した。たった今、小柄な日系人に着付けてもらったばかりだ。シルクの手触りはしっとりとし、スカーレットの地にピンクの大輪の花が映えて美しい。だが、幅広のサッシュはウエストを締め付け、この真夏に何枚も重ねて着ているものだから、立っているだけで汗が吹き出てきそうだった。それに加えて、部屋の中は総勢五十名の女達の香水やヘアスプレーの匂いが充満していて息苦しかった。
ここに集められた女達は皆似たり寄ったりだ。ミス・ハイスクールやブロム・クィーンになれるくらいの美人で、女優を目指してハリウッドにやって来た。が、ありついた仕事はエキストラにエキストラにエキストラ。モンローのように抜きん出るのは至難の技だ。
「それにしても豪勢な部屋。にわかメイドの更衣室とはいえ、ここ、客室でしょ。やっぱりテッドは違うわね。そこら辺の金持ちとは桁違いだわ。見てよ、あのチェスト、多分フランスから輸入している筈よ」
「招待客もそうそうたるメンバーだしね。女優をやっているより、金持ちを捕まえた方がいいかもよ」
女達の話し声が聞こえてきた。皆、鏡に向かって念入りに化粧直しをしている。襟元を広げ、胸の膨らみを強調している女もいる。
新聞王テッドの邸宅では、夕刻からバースディ・パーティが開かれる。毎年、テッドは趣向を凝らしたパーティを開き、その様子はタブロイド紙やゴシップ雑誌のグラビアを飾った。
今年は、アジアの島国ニッポンをテーマにし、一年がかりで庭を作り変え、三ヶ月で屋敷の一部を改装したと言う。そしてドリー達ブロンド美人が集められて、キモノを着てシャンパンやオードブルを配って歩き回るのだ。
「まったく、金持ちって悪趣味だわ」
ドリーは呟くと、キモノの上から自分の躰に指を滑らせ、入念にチェックした。
「まったく、金持ちってのは悪趣味だな」
健吾は呟くと、天井を見上げた。
メイン会場となる部屋は、淀屋辰五郎の夏座敷を模して、ガラスの巨大な水槽が天井に備え付けられていた。色鮮やかな金魚が百何匹も優雅に泳いでいる。
このアイデアを持ち出したのは他ならぬ健吾であるが、ダンスホールの天井は高過ぎて涼しさは伝わってこない。一体、どれ程の客が天井の金魚を見上げて、風雅さを理解できるのか。しかも、ブロンド娘に着物を着せたい、とテッドが言い出した時は、感心した振りをしたが、心の中では舌を出していた。
二年以上もかけてテッドに追従し、愛想を振りまき、この馬鹿馬鹿しいアイデアに付き合ったのも、この夜のためだった。
健吾の関心は金魚ではなく、金庫にあった。
テッドの寝室には隠し部屋がついていて、そこにある金庫の中に本物のホープダイヤモンドがあるのだ。スミソニアンにあるのは偽物だと気づいた健吾が、誰が所有しているのか探した結果、辿り着いたのがテッドだった。
そろそろ招待客が集まり始める時刻だ。テッドは上機嫌で客を迎えているだろう。クライマックスには花火が打ち上げられる。その時がチャンスだ。
カチャ。
金庫のダイアルが一致した。鋼鉄製のドアを、健吾はゆっくりと開けた。
手を伸ばした時、カチャ、という音が背後から聞こえた。健吾の動きが止まる。
「そう、いい子ね。そのまま両手を頭の上にあげて壁に向きなさい」
「誰だ、君は」
健吾は微かに首を捻って声の主を見た。紅の着物を着ているブロンド美人が、両手で拳銃を握り締めていた。銃口は健吾の頭に向けられている。
「FBIよ。こういうのをニッポンでは税金の納め時、って言うのでしょ。さあ、観念しなさい。これであなたも、世界を股にかける大泥棒から、ただの囚人になるのよ」
ドリーは笑みを浮かべた。
健吾が、ゆっくりと魅惑的な笑みを浮かべた。
「そうかな? お嬢さん」
―了―
三語即興文〜「金魚、金庫、グラビア」