聖白百合学院大学の学長である白河塔子は御歳八十七歳ながら、頭脳明晰、お肌の艶も良く、背筋も真っ直ぐに、今尚かくしゃくとしている。塔子は若い頃は谷間の百合と謳われたほどに色白で、たおやかな美しい乙女であった。仏蘭西文学に傾倒し、乗馬を趣味とした。学院のシンボルマークは、赤、青、白の三原色を背景に百合の紋章を象ったものであり、愛車は仏蘭西車、愛馬の名はアンドレである。避暑に出かける逗子の別荘には小さいながらもプライベート海岸があり、塔子はそこを密かにサン・トロペと呼び、夕暮れ時の波打ち際を散歩することをこよなく愛した。
白河家は代々女系の一族で、男児が誕生することは稀で、誕生したとしても成人するまで成長したことはなく、幼き頃にみまかってしまうのが常であった。その白河家に男児が誕生したのは、今から十五年前、塔子の末娘沙希子の四人目の子供であった。待望の男児誕生に塔子も、沙希子夫婦も、沙希子の姉達も喜んだことは記すまでもないが、喜びと同時に重苦しい不安が彼女達を苦しめたのであった。男児は細心の注意を払って育て、現代医学の進歩が功を奏したのか、大病を患うこともなく、すくすくと成長した。さて、男児が就学年齢に近づくにつれ、塔子達の悩みは学び舎をどこにするのか、ということであった。聖白百合学院が創立されて以来、白河家の女児は皆、幼稚舎、小学部、中等部、高等部、大学と、ここで学んでいたのだ。塔子は悩んだ末、九十年に及ぶ学則を変更し、男女共学としたのだった。卒業生達の嘆きは想像に絶するものがあり、学内会議も紛糾したが、塔子の決断は揺るぐことはなかった。こうして、男児は無事に学院の幼稚舎から小学部、中等部へと進んだのだが。
さて、男児は、家庭では三人の姉と母、祖母塔子がおり(父親は男児が生まれてまもなく亡くなった)、学校では女子に囲まれ(男女共学になったとは言え、女子校であった歴史はそう簡単には変わらず、男子数は女子数の一割にも満たなかった)、公私にわたって、いわゆる逆ハーレム、もとい、逆後宮状態であった。
男児は名を文於と言った。
「で?」
恵美里は真向かいに座っている彼の不機嫌そうな雰囲気に、一瞬、たじろいだが、そんなものに怯んではいられない、と自分を励まし、無理矢理笑顔を浮かべた。
「そ、それでぇ、文於は母や祖母に内緒で男子校を受験して、波乱万丈のびーえるライフを」
どっかーん、がらがらがら……。
机や椅子と共に教室の隅に飛ばされた恵美理の上に、破かれた原稿用紙がはらはらと散ってきた。
「三原色が何かくらい、ちゃんと調べと。しかも「逆」ってなんだよっ。それから、オレの名を勝手につ・か・う・な!」
足音をたてて去っていく文於の姿を、机の隙間から熱く見つめながら恵美里は「怒ってる後ろ姿もかっこいい〜。あ、このシーン、ステキかも♪」と、新たな展開を思いつき、闘志を燃やすのであった。
腐女子・恵美里の小説のタイトルが『秘密の花園』であることは、誰も知らない。
−了−
〜「谷間・原色・波打際」 「登場人物四人以上」
連日の三語参加です(^^ゞ
さすがに疲れましたので、しばらく投稿しないつもりです。
真面目に書き終えようとしたのだけど、なんだかつまらなくなって、前半を作中作としました。
今、この間書いた『言葉にならない』を改稿しています。どれくらいの長さになるかな。30枚くらいになればいいな。
追記:いやはや、昨夜、就寝してから、トンデモ間違いに気づきました。。。。orz
「逆ハーレム」「逆後宮」って何?
誰も気づかなきゃいいけど、と切に願ったいたけど、やっぱりわかっちゃうのね(^^ゞ
ブログでは訂正しましたけど、日頃の願望がこんなところで露呈しちゃうのねっ☆