なんとなく、だらだらと書きたくなりました。
イニシエーション。
おづね・れおさんの『慶英の灰色』、良かったです。おづねさんのブログで小暴れしただけでは物足りず、ここでも小暴れ。←今、「小暴れ」という言葉がマイブームに。ゴメン〜、柿美さん(?)

ええっと、真面目に。
以前、「少女の通過儀礼のような話を書きたい」と書きました。
躰のことを書いちゃうとあれでこれでなんなんだけど、自分が女性作家の作品を好んで読むせいか、登場人物が大人であっても思春期の少女であっても、何かのきっかけになるような出来事があった時、それと共に初潮を迎えたり生理になったり、というシーンが書かれることがあります。
で、それはそれでいいのだけれど、ちょっと安易かな、と思わないでもない。
私はこの二年程、雑誌コバルトを殆ど毎号買って読んでいて、昨年ノベル大賞を獲られた桂環(かつら・たまき)さんの作品が大好きです。
大賞受賞作『チルカの海』において、主人公の少女が初潮を迎えるシーンがあるのですが、文句なしに良い!と思いました。少女に語りかけていたヒダタマ(内省の声のような存在)が消えてしまい、それと共に遅れていた初潮を迎えるのですけれど。
ここを読んだ時に「ヤラレター!」と思ってしまって。
少女が初潮を迎えるシーン、書こうと思っていたのですね。ええ、そう、ちょっと安易かな、というカンジで。
それを、こんな風に書かれてしまうと、あー、自分の書こうとしていたものは、なんて陳腐なんだろう、って思ったしまったのでした。
さて、そこで気を取り直して、あれこれと考えたのですが。
少女のイニシエーションを身体的なものと切り離して、それだけで書けないものかな、と。
炎の上を歩くとか、崖からバンジージャンプとか、そんなカンジで(いや、それをそのままでは書きませんけど。雰囲気がそんなカンジで、という意味で)。
ファンタジーになるので、と言うより、自分の場合、どうしてもその辺の仕掛けが大掛かりなものになってしまい、大袈裟な感じがします。話が面白くて登場人物が自然に動いていってくれれば、大袈裟でも何でも良いのですが、そうでなければ荒唐無稽になりそう。
『慶英の灰色』を読んだ時に、大掛かりな仕掛けはなくても、このように描けるし、深い作品になるのだなあ、と思ったのでした(読んだ直後はわからなかったのですが、おづねさんの感想返しを読ませていただいたりして、一人でいろいろと考えて)。
で、あと、もう一つ。
自己犠牲に関しては、後日、小暴れしまーす。