「真行寺ハルカさんと付き合うのなら、胃薬と風邪薬は常備しといた方がいいですよ」
味噌ラーメンの載ったトレイを持ち、テーブルに向かおうとした時、ぼそぼそとした低い声が聞こえた。立ち止まり声の主を探したが、混雑している学食内のこと、小さく舌打ちされただけだった。学生達は人込みを縫うようにして歩いている。結局、誰の声なのかわからなかった。空耳だろうと思い、オレは窓際のテーブルに顔を向けた。先に席に着いていたハルカがにっこりと笑い、小さく手を振ってくれた。ゆるくカールした髪。つぶらな瞳。綺麗にカーブしている唇。窓から冬の日差しが入り込み、ハルカが眩い。オレが微笑むと、ハルカは、はにかんだような笑顔を浮かべ、俯いた。
カ、カワイイ。
思わず顔が緩んでしまう。
エイタ、二十一歳。
彼女イナイ歴二十一年に、ついに終止符を打ち、人生初の彼女ができた。可愛くて奥ゆかしくて、最高にキュートなハルカ! なんてオレは果報者なんだ。果報は寝て待てというが、まさにそのとおり。
男兄弟の末っ子として生まれたオレは三歳から柔道を学んだ。父の転勤により全校生徒十五人という離島の小学校で六年間を過し、その後は都会に出たものの、中高一貫教育の男子校。最後に女子と手を繋いだのは、幼稚園のお遊戯会じゃなかったろうか。
思い起こせば、黒黒黒、暗黒色の学生服の男達か、白白白、黄ばんだ白の胴着姿の男達。汗臭さと足の臭さが混じり、ニキビ痕やヒゲ面に囲まれた日々に、オレは是非とも永久サヨナラを告げたかった。大学は女子学生の比率の高い男女共学校ばかりを受験した。なのに、合格した学部は女子が少なく、しかも、むくつけき野郎が集う柔道サークルにいたってはため息すら出てはこない。大学生デビューを目論んだものの、全てが水泡と帰し、オレは半ばヤケクソになりながら柔道の練習に励んでいたのだ。思えば、長く苦しく重い青春時代であった。
忘れもしない六月十二日、後輩相手に寝技を決めた時、ショッキングピンクの小さな足に目が止まった。視線を上げていくと、ショッキングピンクのふくらはぎに、小さな膝、すらりと伸びていく太腿、そして、ショッキングピンクの火花が炸裂。恋にハルカにノックアウトされたのだった。
寝て待っていた甲斐があったというもの。かくなる上は、次のミッションへと進みたいところだが、あ、いかん、くしゃみが出そうになる。風邪かもしれん。まいったな、明後日はクリスマスイヴだというのに。いやいやいや。これは絶好のチャンスかもしれん。風邪をひいていることを口実に、オレのアパートで二人っきりの聖夜を過ごせという神様のお告げに違いない。
お気の毒に。
あれほど忠告したのに。エイタ君ときたら、すっかりお目々がハートに、オツムはあらぬ想像でふくらんでいるではないですか。
だいたい、ハルカさんと付き合うのなら、強靭な肉体とダイ・ハードな精神が必要なんですよ。ハルカさんの前衛的な料理に太刀打ちするには常日頃から胃薬を飲んでなきゃならないし、風邪をひいて寝込もうものなら、看病と言う名の拷問が待っているわけですし。
いや、ちょっと待ってくださいよ。
その前に、目薬をさして、目を冷静にさせなければならないのかもしれません。ふむ。これはメモしておかなければなりませんね。
あたしは思わず下を向き、顔を隠した。
あそこにいるのは山田じゃないか。なんか、ぶつぶつ言いながら、ノートに書き込んでいる。何を考えているのかわからんヤツだが、今度こそは、あいつに邪魔させないんだから。
あ、いけない。集中集中、エイタ君に集中。エイタ君の顔が赤いのは熱があるせいね。昨日からくしゃみをしてたし。ひどくなる前に風邪を治さなきゃ。ハルカ、特製の風邪薬を持ってきたんだ。こっそりラーメンの中に入れてしまおう。
うふっ。
―了―
〜「目薬、風邪薬、胃腸薬」「薬は飲まないように」
エイタ君のクリスマスイヴに合掌。
ええっと、ちらっと書いていたものがどうにも読後感の悪いもので、書き終えることなく、お題が流れたので、こちらを完成させました。
読者に楽しんでもらおう、笑ってもらおう、というのは難しいですね。今回はあまり上手くできなかったように思います。
ところで、12月中旬発表のR−18の一次選考結果。下旬になったんですけど、未だに発表がありません(^^ゞ
ね、年内には発表があるんですよね? ね?
と、ネットの隅で、虚しく問うてみる。