この時期、「喪中のため年末年始の挨拶を遠慮する」と書かれた葉書が郵送されてくる。
殆どの場合、家人の関係者であったり、既に通夜や告別式に参列した方のことであったりして、あまり驚くことはなかったのだけれども、昨日届いたのは、私の知人Nさんのことで、亡くなったことも知らず、とても驚いた。素っ気ない(規格どおりの)文面が印刷された葉書を読んでいるうちに、思わず涙が溢れてきた。
Nさんと知り合ったのは、二年前。ちょうど今頃の時期で、出会った場所は札幌の病院。
夏の終わり頃、体調を崩して私は入院した。すぐに手術はできなくて、入退院を繰り返し、ようやくクリスマスの前に手術することになった。その時に同室だったのがNさん。
いつも明るくて前向きで、とても親切な方だった。患者さんの中には、ちょっと、と思うような人もいて、敬遠されていた人もいたのだけれど、Nさんは分け隔てなく接していた。
Nさんのいらっしゃる所、笑い声が絶えなかった。廊下の隅で、患者さんの悩み事相談にのっている姿を見かけたこともある。私も随分と励まされ、とても、お世話になった。手術後、思うように回復しなくて、ちょっと辛かった時期でもあったので、その頃のことは思い出したくない気もするけれど、だからこそ、その頃に受けた心遣いは忘れてはいけないのだろうね。
地方に住んでいると、なかなか、札幌へ行けない。
今年に入ってから、三度、札幌へ行ったけれど、いつも用事があってのことで、バタバタとして帰宅した。
入院していた頃に、仲良くしてくださった方達とは年賀状のやり取りはしていて、いつか札幌(札幌在住の方ばかりなので)で、お会いできたらいいなあ、などと思っていた。
でも、Nさんが、こんなに早くに逝かれるとは思っていなかった。
お元気に暮らされていると思っていたのに。
どうして亡くなられたのかはわからないけれど、治療や最期の時を迎えるまでの間、辛かったり苦しい思いをしないでくれたら、と願う。
今日の午後、Nさんのご主人に手紙を書いた。書きながら、やっぱり泣きたくなった。字も下手で、文章も下手なので、情けなくもなった。
十一月に奥様(Nさん)が亡くなられて、ご主人やご家族を励ますような文章を書けばいいのに、そんな内容じゃなくて、Nさんとの思い出を書いてしまった。投函しちゃったから遅い。
今になって恥ずかしくなってくる。
けれど、Nさんは、あんな下手な手紙でも、きっと、笑って読んでくれるだろう。