講演のタイトルは、『梨木香歩 朗読とお話 物語が生まれるとき』です。
会場に現われた梨木さんは、とてもおきれいな方でした。小柄で華奢で、白と黒のお洋服で、楚々とした雰囲気です。
最初に、『蟹塚縁起』を朗読してくださいました。
梨木さんの声は清らかで、高からず低からず、静かに、しん、と心に沁み込んできます。
『蟹塚縁起』も『村田エフェンディ滞土録』も、イラク戦争の頃に書かれ、「何故争いが起きるのか」「争いを回避できないのか」と考えていたそうです。
とは言え、物語の読み方(解釈)に正解はなく、物語のまま読んで、心に沈めてもらえれば、いつか何かの形でめぶ芽ぶくのではないか、とのこと。
また、村田のラストに関して、梨木さんが留学時代から抱えていた疑問「友人同士が戦争で敵となり、戦場でまみえたのなら、人間としてどうするのか?」に触れ、結論を先延ばしにし、なんとか持ち続けていくと、いつか物語として出ていく、とのお話は面白かった。
この後、参加者からの質問に答えながら、
作家というのは自分の中にはないものは書けない。どんな醜いものでも自分の中にあるもの。それが作家の限界でもあり、特色でもある。
今、自分は、命を書くために悪を書く力はない(いつか書くかもしれないが)。
ナマの心臓にバシャッと触れるような世の中で、やわらかい、ふわふわとしたものを描いてみたかった(『りかさん』)。
などのお話には、とても興味深く聞き入りました。
エッセイと小説の違いにも触れ、幼児期の万能感、「うわー、幸せ」という全き幸福感、のように、ふんわりとした想いを、自分の書いたものを読んで思い出してくれたのなら、嬉しい、と仰ってました。
『家守綺譚』の裏話、まかない飯のように、自分の楽しみのために書いていた(プロだから自分を楽しませるツボは心得ている)だとか、出版してもそんなに売れない(受け入れてもらえない)だろう、と思っていたとか、違うペンネームで出版したかっただとか、その頃に住んでいた家がとても古くて、縁側の下が板の隙間から見え、昔はその下を疎水から引いた水が流れていてドジョウやアユが釣れたとか、そんなものが流れてくるのなら他のものも流れてくるだろうと思った、だとか、そんなエピソードも楽しかった〜。
住んでいる土地の気というのは、作家に影響するようですねー。今、お住まいの場所は、風の強いところで、「荒ぶる」ものを書いてみたい、とも。
というわけで、芳野の好きな作品の裏話や、作家として思われていることを聞くことができ、最後は『家守綺譚』から『百日紅』『檸檬』を朗読していただき、とっても満足した講演でした。
主催は『おはなしネットぼんぼん』という読み聞かせの会で、後援は市立図書館でした。ちょっと寂しいなあと思います。市や教育委員会等が後援することができなかったのかなあ。
だって、チケットは一枚千円で、高校生以下は無料なんですよ。
会場は、市の生涯学習センターの一室。六十名くらいの方がいらしてました。小学校中学年くらいのお嬢さんから六十〜七十代の男性まで。ほとんどは女性でした。あまり若い方はいらしていなかったけれど、せっかく梨木さんが来道されたのだから、もっと中学生や高校生も参加してくださったら良かったのになあ、と思いました。
まあ、でも、
こじんまりとした会場で、梨木さんの静かな声が流れ、聴衆はお喋りすることも居眠りすることもなく、梨木さんの一語一語に聴き入ることができたので、これはこれで良かったのかもしれない。
とても贅沢な一時間半を過ごすことができました。
『裏庭』の話は出なかったのだけれども、作品リストを見ていると、『裏庭』は梨木さんにとって、ちょっと違っていたのかなあ、などと思ってしまった。