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Author:芳野 朔
芳野です。自作小説と手芸、日々の雑感をたま〜に綴っていきます。尚、ここに投稿された小説の著作権は全て私、芳野にあり、他の文章はその筆者に著作権があります。無断転載・盗用等を禁止します。

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『旅路の友』

 親父さんは工事現場で働いていた。朝から晩まで炎天下の道路に立ち、旗を振り頭を下げる。顔も首も真っ黒に日焼けし、風呂に入っても躯に染み付いた排気ガスの臭いは取れなかった。腰が少し曲がっていたのは、頭を下げる時に上半身も傾けるからだ。目尻が下がり、顔に刻まれた皺は、困っているような謝っているような表情にさせていた。それも仕事のせいだ。
 辛いものが好きだった。行きつけの飯屋で、ビールを飲みながら焼肉定食や餃子定食を食う。料理に豆板醤やニンニクを振りかけ、汗を流しながら食った。
 親父さんとオレは、アパートの一階、畳はぶよぶよと波打ち、黴くさく、日当たりの悪い部屋に住んでいた。山手線の沿線にあって、アパートから少し歩けば踏み切りがある。電車の中、窓際に立っている人間達は皆綺麗な洋服を着てすましている。疾く走り去る電車は親父さんにもオレにも必要ない。親父さんには自転車、オレには四本の脚があるからだ。自転車のハンドルは歪み、ブレーキをかければキィィと嫌な音がする。オレの一本の脚は曲がっている。でも、それで十分だ。
 親父さんは夜明け前に自転車に乗って仕事に行き、オレも出かける。仕事から帰ってくる時は、ペダルを漕ぎながら、チリンチリン、チリンチリン、とベルを四回鳴らす。オレが路地から出てこないと、出てくるまで何回も鳴らす。近所のおばさんに「うるさいよっ」と怒鳴られたことがあった。だから、オレは親父さんが帰ってくる頃に、ちゃんと待っていることにしていた。オレを見つけると、親父さんはすごく嬉しそうな顔をする。オレも嬉しくなって、おかえりと言った。
 親父さんは酔っ払うと、必ず同じ歌を歌う。何曲かご機嫌で歌い、最後は電車の歌を呟くように歌って眠ってしまう。
 きぃてきいっせいしんばしを はやわがきぃしゃは、はなれたりぃ あたごのやぁまを
 しわがれた声は、高音部になると掠れた。口の中でもごもごと歌い続け、やがて親父さんはテーブルの上に突っ伏す。酒の入ったコップを握ったままだ。眠ってしまったのかと思っていると、顔を上げ、とろんとした目でオレを見たことがあった。
「チビよう、チビ、おまえはいいなあ」
 おまえはいいなあと言われ、そうなのかと思った。親父さんと暮らすようになってから食い物には困らなくなったし、雨が降っても家の中に居るから、いいと言えばいい。十分にいい。
 息子のシンジだと名乗る若者が転がりこんできたのは、親父さんが死ぬ半年前だった。シンジは金茶色の髪をし、痩せて、目つきが悪かった。
「あんたの息子なんだから、育てるのはあんたの義務だ」と言った。あまりにもうさんくさく、生意気なので、オレは噛み付いてやろうと唸ったんだが、親父さんに止められた。親父さんは小さな目を瞬かせ、「わかった」とだけ言った。その日から、オレ達三人で暮らすようになった。
 シンジはちっとも働かなかった。夜遅くまで遊び歩き、帰ってこない日もあった。たまに家にいても、昼過ぎまで寝ていた。シンジは親父さんから金を貰い、それでも足りなくなると、親父さんが金を入れている缶から盗んだ。金が減っていることに気づいても、親父さんは知らない振りをした。財布の中から札を抜き取り、缶の中に入れる。オレがじっと見ていると、親父さんは「いいんだよ、チビ、いいんだ」と言って、口の端を上げた。
 いいのか? 本当にいいのか?
 訊いたが、親父さんは笑っていただけだった。


〜「クレジット、トマト、山手線」「炎天下、辛い、博打」
 「動物目線で描く」

動物目線で描いてみようと書き始めたんだけど、どうにもこうにも。
単に語り手が何でも知っている犬だというだけで、はああ〜。
クレジットや博打の使い方は頭にあるんだけど、そこまで辿り着かずにギブアップ。

親父さんの歌は、鉄道唱歌。

汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり 愛宕の山に入りのこる 月を旅路の友として

『北の宿』だとか『舟歌』にすれば良かったかなあ、とも思ったんだけど、「旅路の友として」を使いたかったのよ。

まだまだだなあ。
今日も暑かった。

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