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Author:芳野 朔
芳野です。自作小説と手芸、日々の雑感をたま〜に綴っていきます。尚、ここに投稿された小説の著作権は全て私、芳野にあり、他の文章はその筆者に著作権があります。無断転載・盗用等を禁止します。

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『歴史』

 ハキモノの歴史は女を束縛する歴史でもある。
 花魁の高下駄、中国の纏足、近代のハイヒール。女性が逃げがたいよう考案された履物は、ちらと見える甲や爪先、引き締まった足首、白い脹脛のその上へと想像を掻き立たせる。小さなハキモノは女の世界の狭さの象徴であり、その狭さを女と男は違う意味で理解する。
 乳房を豊かに盛り上がらせ、か細いウエストを演出したコルセットはブラジャーやガードルへと形を変えた。胴だけでなく腹部を締め付けるガードルがパンツ型であるのは貞操帯の機能も備えていることは、周知の事実だ。
 男に媚び、隷属する時代は終わったのだ。
 今こそ、女は自分自身のために生きるべきである。
 淑女の衣服を脱ぎ捨て、共に立ち上がろうではないか!


 粗末な紙に書かれた文字は力強く、文面は扇情的であった。ミスター・フィッツは紙から視線を剥がし、目の前に座っている少女をつぶさに観察した。プラチナブロンドの巻き毛が肩にかかり、リバティプリントの青の花柄ワンピースに映えていた。顔は疲労が滲み出ているが、充分に愛くるしい。クレヨンで絵を描き、ブランコをこぎ、母親に甘える、どこにでもいそうな少女だ。
 ミスター・フィッツは、今日、幾度となく発した質問を繰り返した。
「これを書いたのは誰なんだい?」
「知らないよう。お外に落ちていたのを拾っただけだもん」
「お外のどこに落ちていたんだい?」
「おじさん、おなかすいた。トイレに行きたい。喉が渇いた。これ、痛いよう」
「お外のどこに落ちていたんだい?」
「痛いよう、おじさん、これ、外してよう」
「どこに落ちていたのか、教えてくれたら外してあげるよ」
「おなかすいた、ママ、ママ」
「どこに落ちていたか、教えてくれないとママのところには帰れないよ」
「痛いよう、外してよう」
「どこに落ちていたんだい?」
「やだやだ、おうちにかえりたいよう! ママ、ママ」
「どこに落ちていたんだい? おなかがすいたのなら、ビスケットを持ってこさせよう」
「公園だよ、おなかすいたよう!」
 少女は顔を仰向けにし、口を大きく開けて泣き出した。涙が双鉾から流れるが、手を動かすことができないので拭うことはできない。涙と鼻水と涎で顔が汚れていく。独身のミスター・フィッツにはどうすることもできなかった。たとえ独身でなかったとしても、大人の男性が泣く子を宥めることは無理なことだった。

 ミスター・フィッツはベルを鳴らし看守を呼んだ。二人の看守は少女を椅子に拘束していたベルトを外した。少女は啜り泣きながらも笑顔を見せた。看守は少女の手首を拘束していた鎖も外そうとし、ミスター・フィッツに止められた。
「そのままG棟の独房行きだ。許可が下り次第、正常化する」
 少女の形相が一変した。
「くそやろう、家に帰すって言ったじゃないか!」
 少女は足をばたつかせて暴れ、ミスター・フィッツや体制を罵った。看守は少女の口に手早く拘束マスクを嵌めた。皮のマスクは、前に使用した人間の血と吐瀉物の混じった匂いがした。目を剥いてマスクの中で叫ぶが、言葉にはならない。暴れる少女を軽々と抱きかかえ、看守はミスター・フィッツの部屋を出た。

 先の大戦終了後、自然分娩では子供は生まれなくなってしまった。大戦前に保存されていた遺伝子を使って人間を誕生させることはできたが、問題が起きた。知性だ。知性を持った子供は、国家が教育プログラムから削除した情報を既に得ており、体制にとっては、きわめて危険であった。
 現在、「公園」なるものは存在しない。少女の知性は墓穴を掘ったのだ。ミスター・フィッツは現職に就く際に教育を受けたので「公園」という言葉は知っているが、それは勿論危険分子を判断するための知識としてだ。
 ミスター・フィッツは報告書をタイプすると、上層部へ送った。終業時刻が過ぎた。上着の袖に腕を通しながら、夕食にはミスター・フィッツの好物を作ると言った母の言葉を思い出した。母は貞淑でつつましい家庭婦人であるから、ガードルを身につけている。夫以外の人間はガードルを脱がすことができないようになっているのだ。女性が発言権を持つようになり、世界が混沌の途を辿ったのは言うまでもなく、性の乱れなど言語道断だ。
 ミスター・フィッツは思索の底に沈んでいた自分に気づき、苦笑した。部屋をざっと点検しながら、心は既に自宅に飛んでいた。食後は地下室で、曽祖父が遺してくれた鉄道模型で遊ぶのだ。レールの上を走る列車を思い浮かべ、顔がほころんだ。


   −了−

〜「クレヨン、ガードル、高下駄」「語り口を工夫する」

先日から、ジョナサン・キャロルの短編を読んでいて、その影響が残っている(と本人は思っている)仕上がりとなった。
作中で、もっと登場人物の思考を飛ばせたかったのだけれど、あまり飛んでない(^^ゞ

遺伝子云々はテキトー。
芳野の理科の理解能力では、こ、こ、こ、これが玄界灘なんでいっ!


く〜〜〜。
推敲ミスが。。。。
鍛練場投稿作を少々訂正しました。。。。

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