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Author:芳野 朔
芳野です。自作小説と手芸、日々の雑感をたま〜に綴っていきます。尚、ここに投稿された小説の著作権は全て私、芳野にあり、他の文章はその筆者に著作権があります。無断転載・盗用等を禁止します。

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I I I I I I I I I I I I (E

入院した翌日の午後、おなかに溜まったリンパ液を抜き取ることになった。
入院前は「抗生剤の点滴でなんとかなるんじゃないの?」と思っていたのだけれども、「リンパ液がおなかの中に残ったままであれば、また、いつ感染して発熱するかもしれません。今回、きちんと治しておきましょう」と主治医のKドクターに言われ、そのようにしてもらうことに。
熱が下がらず、やはり同じように抜いてもらった人を知っていたので、全身麻酔で手術をするのかなあ、と思っていたら、連れていかれた所はレントゲン室。
立った時に背中に当たる台が90度回転して、ちゃんとベッドになって(やや狭い)、そこに横たわった。おなかの中の様子がモニターに映り、それを見ながらの処置が始まった。
最初は余裕があったので、「へええ〜」と、芳野もモニターをのぞきこんでいたのだが……。

「痛っ!」

麻酔の注射針が刺さると、鋭い痛みを感じ、思わず声が出てしまった。
麻酔なのに、どうしてこんなに痛いのだろう。麻酔のための麻酔の注射ってないの?、なんて思ってしまった。
管は鉛筆の芯くらいの太さで、少々痛かったものの、我慢できる範囲だった。
車椅子で行ったけれど、帰りは歩いて(エレベーターに乗って)病室まで戻った。
翌日にはようやく熱が下がり、ひと安心。

おなかの中から伸びている管はそのまま廃液パックに繋がっていて、どこへお出かけするのにも、このパックをお供しなければならない。でも、時々パックのことを忘れて歩き出そうとして、ヒヤヒヤ。
危ない危ない。
管が抜けたら大変だ。

そんな状態で一週間が過ぎ、今度は短くて太い管に入れ替えるとのこと。
前回、歩いて帰ることができたので、今回も大丈夫だろうと思い、車椅子を断り、看護師さんと一緒にレントゲン室へ向かった。
でも、前回の痛さなんて痛いうちには入らなかった。
麻酔の注射の痛さも序の口だった。

局部麻酔の注射は、あまり長い時間、もたないらしく、何回も打たれた。時間を計っていないから正確ではないのだけれど、一回の注射で十分くらいしかもたなかったんじゃないのだろうか。
麻酔の注射を打たれたのにもかかわらず、おなかの中に管を入れられるのは凄まじく痛かった。
管が徐々に入っていくのだけれど、その間、ずっと、
「I I I I I I I I I I I I (E」と涙目になって、叫んでいた。
叫ぶと言っても、普通の話し声の大きさよりも小さい。
だって、痛いかったのだもの(涙
大声で叫んで暴れたかったけれど、痛くて大声は出せないし、暴れたらもっと痛いことになりそうだから暴れられないし。
いっそのこと処置の最中に失神してくれればいいのに、と何度思ったことか。

ううう。
病室に戻るのも辛かった。おなかを抱えるようにして歩き、青息吐息でようやく病室に戻った。カーテンを引いて、倒れこむように(実際は、ゆっくりと、おなかに振動を与えないように静かに)ベッドに横たわった。
看護師さんに手伝ってもらいながらパジャマのズボンや下着を取り替え(消毒液や血液で汚れてしまったので)(おなかの中が痛くて一人では着替えができなかったので)、毛布をかけてもらった(痛くて半身を起こして足元にある毛布を引っぱることができなかったので)。
ううううう。
その夜は夕飯を食べなかった。
痛くて(シツコイ(^^ゞ、体を丸めて横たわっていることしかできなかったんだよ。
管を入れられた時の痛さを思い出して、毛布をかぶって泣いた。
だって、痛かったんだよ。

よく、小さな子供さんが、後で痛さを思い出して泣いたりする。
そんな時、「今は痛くないでしょ。おかしいねぇ」なんて言ったりしていたけれど、
ううううううう。
今なら、その気持ち、よくわかる。
今度、小さい子供さんが泣いていたら、芳野も一緒に泣いてあげよう。


うわー。
書きながら、涙目になってきてしまったよん。


まあ、それでも、翌日には痛みもおさまり、なんとか元気になった。
順調に快復して、熱も上がらず、「このままでいけば二月末には退院じゃーっ!」と思い込んでいたら、まさかの発熱。
管が抜けかかっていて、病室で、再度管を入れ替えられた。
凄まじく痛かった。

躰の奥の方にリンパ液が溜まってしまったとのことで、その二日後に、レントゲン室で再び長い管を入れることに。
恐怖におののいたのだけれども、今度は位置が深いので、麻酔の注射を奥にまで打たれた(うん、痛かったよ)ので、前回のような痛さは感じなかった。管が入っていく圧迫感は感じ、息が詰まるようだった。

まあ、そんなこんなで、ちょっと痛かったこともあったり、二月末にKドクターに「あと二ヶ月入院」と言われて、かなり落ち込んでしまったのだけれど、なんとかかんとかなって、三月中旬に退院できそうな目途がたったのだ。

ところで、私の入った病室は四人部屋(大部屋)だった。
前に入院した病院では大部屋は六人部屋で、それはそれで楽しいこともあったけれど、やはり狭苦しかった。特に真ん中のベッドでは、看護師さんが処置をするのにも狭そうだった。
四人部屋だと、ベッド周りも広く、快適だった。
あまり重症の患者さんがいないこともあって、病室の雰囲気も良かった。
私より年上の、私の母くらいの年齢の方々が多く(部屋の患者さんの入れ替わりは、しょっちゅうだった)、お話を聞くのも楽しかったし、夕陽が水平線の向こうに沈むのを、一緒に病室の窓越しに眺めたりした。

本も随分と読んだ。
積読本も少〜し減った(V

あとは退院するのみ!
という感じでいたんだ、三月八日の朝までは……。



注:I I I I I I I I I I I I (E 
 =痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い(エンドレス

MHZ

KYなんかは、すっかり有名になったから誰でも「空気が読めない」の略語だと知っていると思うけど、MHZとなるとハテ?となるのでは?
これ、「まさかの匍匐前進」の略だそうだけど、略もさることながら、うーん、一体どんなシチュエーションで使うのだろう?
パッと思いつくのは


と、こんな書き出しでブログの記事を書こうと思ったのが、2月10日頃でした。
7日から発熱して、微熱(37度〜38度2分)だったのにもかかわらず、起き上がることができなかった。
トイレに行く時は仕方ないから立ち上がるけれど、おなかに力が入らない。立ち上がるより、這った方がラクだった。
当然ながら、食事の支度はできない。食欲は落ちたのだけれど、空腹になる時もあって、家に家人がいれば何かしら調理してもらえたけれど、誰もいない時は困ってしまった。缶詰の蓋を開ける気力もなくて、手軽に食べられるものといったらバナナしか思いつかず、ええ、バナナのある所まで這っていきましたよ(涙
ずりずりと這いながら、「ああ、こんな時に使うのね、MHZ。。。。」なんて思っちゃったりしたのだ。


大変遅くなりました。
普段の生活のリズムが戻ってきたようなので、今日からブログの記事のアップをしていきます。

留守にしていた間、皆様にはご心配をおかけしました。
ブログ拍手と共に励ましのコメントを残してくださったcheweeさん、高菜さん、柿美さん、おづねさん、ありがとうございました。
また、お名前を知る方法がないので、どなたが寄せてくださったのか、わからないのですが、ブログ拍手をしてくださった方々、ありがとうございました。
とても嬉しく、そして、励まされました。
あまり面白いことも書いていない、しかも更新が少ない吉野町にもかかわらず、こうして、訪問してくださっていること、芳野を気にかけてくださっていること、深く感謝しております。
今の気持ちを忘れずに、これからを過ごしていきたいと思います。
ありがとうございました。


というわけで、入院にまつわるエトセトラを書いていきます〜。

MHZな生活を送りつつ、最初は風邪だと思って、市販の風邪薬を飲んでいたんですよ。
そのうちに、「風邪なのに、鼻水も咳も出ない」ってことに気がついて、「あー、もしかしたら、リンパかもしれない」と思ったのです。
ええっと、私は、おなかの中にリンパ液の水溜りみたいなものがあって、2年前にも熱が出たことがあるんです。その時は40度前後の高熱が続き(体温計を見た時、体温計が壊れたのかと思った。でなきゃ、自分の目がおかしいのかと)、抗生剤を点滴してもらって治りました。今回は微熱だったものだから、すぐにピーンとはこなかったのだけれど、10日あたりから「もしかしたら〜」と思い始めました。
まだその頃は「だとしたら、1週間くらい入院して点滴を受ければ治るだろうな、なんとか通院でできないかな」と楽観していたのですけれどね(^^ゞ
で、連休が明けて、12日に近所の病院へ行きましたが、「すぐに入院するように。でもこの病院にはベッドが空いていないので、市立病院(ええ、私の行きつけの病院ですとも(・_・;)へ行くように」とのこと。
ひええええ〜、と叫びたくなるのを我慢して、というか、熱がまた上がってきていたので、叫ぶ気力もなく、ただ、うなだれて聞いてましよ。

なんとか帰宅して(この病院は自宅から徒歩4分くらい)、入院の準備をし、家人の運転する車で市立病院へ。
点滴をしながら、CTやレントゲンを撮って(微熱は続いていたのに、不思議とこの時は一人で歩いて行けた)、ようやく病室に連れていってもらえました。
そして、絶食です(涙
自宅で寝込んでいた5日間で4キロ痩せちゃったので(えへへ〜。これってKKだよね)、胃も小さくなって、そんなに食欲もなかったから、たいして食べることはできなかっただろうけれど、ベッドテーブルに置かれた「絶食」のカードはちょっと悲しいものがありました。

「まあ、ひとまず入院したから安心だよな。抗生剤の点滴もしてもらってるし」なんて思いながら眠りについたのだが、この時の芳野はまだ知らなかった。翌日に待ち受けている、世にもオソロシイ出来事を……。





注:KK=怪我の功名

MHZ

こんにちは〜。
今日、ようやく退院できました。
二月末に退院できる予定だったのですが、直前に熱が出てしまいました。
担当医師が「あと二ヶ月入院」なんて言うものだから、うげぇぇぇぇぇぇぇぇ〜っ状態だったのですが、なんとか治ったー!!
嬉しいよ〜(涙

ご心配をおかけしましたが、このとおり、元気ハツラツぅとなりましたので、もう大丈夫です。

あ、この文章のタイトルはですね、
このタイトルで退院報告と、入院にまつわるエトセトラを書こうと思ったのですが、久々のネット接続で知恵熱が出そうな感じがするので、次回に回します〜。

今日は、とりあえず、ここまでっ!

*お知らせ*


  2月12日より、芳野は入院しております。
  現在は快方に向かっておりますが、退院できるのは、3月下旬〜4月下旬になると思います。
  しばらくの間はネットに接続できず、ブログの更新を休止しますが、本人はいたって元気に過ごしておりますので、どうぞ御心配なさらないで下さい。
  皆様の御健康と御健筆をお祈りいたします。
                    
                            芳野、家族

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