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Author:芳野 朔
芳野です。自作小説と手芸、日々の雑感をたま〜に綴っていきます。尚、ここに投稿された小説の著作権は全て私、芳野にあり、他の文章はその筆者に著作権があります。無断転載・盗用等を禁止します。

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あまりにも、おばかなので、

勉強しようと思いたち、書店をぶらついて本を三冊購入した。二冊はいつもどおりの自分の好きなものを選択し、三冊目はオツムの洗濯のために。

『ブラフマンの埋葬』小川洋子著/講談社文庫

この人の文章にはゆっくりと接していたいので、読むのに、ついつい時間をかけてしまう。
描写らしい描写はないんだよなあ。ちゃんと描写しているのはブラフマン(サンスクリット語で「謎」という意味)と泉と古代墓地。
「ブラフマンの埋葬」のことを書きたかったのかもしれないけれど、タイトルは違うものの方が良かったように思う。
化石の標本の、丁寧な説明を読んでいるような感じだった。所々に挿入されている太字のせいかな。
ラストは「あっ、それだけ?」という感じだったけれど、埋葬の儀式なんて、そんなものかもしれない。


『英国で一番美しい風景 湖水地方』本谷朋子・文 辻丸純一・写真/小学館

湖水地方の風景と建物の写真集。資料として買ったのだけれども、癒されながら見てる。
映画でも写真集でも、洋の東西を問わず、昔の建物の室内を見るのは好きだ。できれば、直に触れたり、そこで暮らしてみたいのだけれども、叶わないので、見るだけで我慢我慢。


『黒体と量子猫 ワンダフルな物理史1[古典篇]』ジェニファー・ウーレット著/早川書房

科学者達のエピソードが書かれている。小学生の頃から理科が鬼門だった芳野にとっては、「驚天動地」な選択。
読んでいて、「?」や「???」や「???????」な箇所が幾多もあるけれど、まあ、なんとか楽しんで読んでいる。

最近DVDで観た『ダ・ヴィンチ・コード』や『プルーフ・オブ・マイ・ライフ』の話も出てきて、自分の体験したことが少しでも関わっていると、親しみが持てて読みやすくなる。大発明の裏にある泥臭さも面白かった。
読んだ中で一番興味があったのは、顕微鏡の話。ロバート・フックの『顕微鏡図譜』(1665)が、当時、一大センセーションを巻き起こしたとのこと。ノミや虱を細部にわたって描かれたのなら、そりゃあ、ショックというかオゾマシイというか。科学に興味のない人にでも、目(メ)にわかれば、科学の進歩を「目(マ)の当たり」にしたようなものなんだろうねー。

1には19の話が収められていて、そのうちの幾つかを読んだ。
いくらか賢くなったような気もするのだけれども、読了した端から忘れていくので、賢さが留まっているのは、ほんの数秒のような気が。。。。。
2は目次を見ているだけで、既に「???????????」状態なので、買わない(読めない)かもしれない(・_・;)



『悲しみよこんにちは』

「だから、ゲティスバーグの戦いで南部連合がヤンキーを蹴散らして勝利を収めていたら、『風と共に去りぬ』は生まれてなかったのよ」
 大原は席についたとたん、眼鏡の奥の目を見開いて早口でまくしたてた。あまりにも早口過ぎて、僕は思考がついていけない。それにしても、一体全体どうしたんだ。学食のざわめきが引いていく。
「風だけじゃない、『若草物語』だって、まったく違った話になっていたはずよ」
 なんという頭なんだ。そんなに短く切ってしまって。毛先がツンツンに立って、まるで亀の子たわしだ。しかも、Tシャツにチェックのシャツを羽織り、カーキ色のハーフパンツ。どこから見ても少年で、中学生というよりは小学生だ。大原の美的感覚には時々首を傾げる時もあるが、これは酷すぎる。
「……何、見てるの?」
 大原の口調が変わる。気温が三度は下がった。僕は我に返る。
「あー、ええっと、随分と思いきって髪を切ったんだね、ジョー?」
 これくらいのジョークなら僕にも言える。『若草物語』だけじゃない。知り合ってからずっと、僕は大原と一緒に映画を観てきた。雨が降っていようが、レポートの提出期限が翌朝で僕が修羅場中の修羅場であろうが、大原はポテトチップスと缶チューハイ、そして五本のレンタルDVDを持参して僕の部屋に奇襲をかける。三十分後にはチーズたっぷりのピザも宅配される。たいていは、三本目の映画の途中で大原は眠ってしまうのだけれども。僕は大原にとって人畜無害な隣人で、それ以上でもそれ以下でもなく、そんなことに疑問を感じたこともなかった。
「せめて、セシルと言ってよね」
 そう呟くと、大原は横を向いた。右手で頬杖をつくものだから、左の横顔が剥きだしになる。小さな耳たぶに深紅のピアスが光る。すらりと伸びた首筋が、思いのほか白い。大原は少年なんかじゃない。僕は妙にどきまぎとした。
「じゃ、これから、DVDでも借りに行くか」
 僕がそう言うと、大原は、ふくれっ面のまま、頷いた。


   ―了―

〜「ヤンキー、たわし、少年」

三語を書く時は、お題をどう使おうかと考えます。
若者言葉(?)の「ヤンキー」では使いたくなかった。南北戦争後の南部人の女性主人公の話にしたかったのだけれども、力及ばず、断念。
映画を絡めて書きました。主人公の向かいに座っているのは、大原 紅(くれない)、スカーレット・オハラです(笑)。


投稿してから、三回くらい読み直した。
いやあ〜、あまりにも中身がない。
ラストの台詞のあたりで、もう少し書けば良かった。主人公が気づいてしまった自分の感情を誤魔化そうとするような、そんなのを。

『歴史』

 ハキモノの歴史は女を束縛する歴史でもある。
 花魁の高下駄、中国の纏足、近代のハイヒール。女性が逃げがたいよう考案された履物は、ちらと見える甲や爪先、引き締まった足首、白い脹脛のその上へと想像を掻き立たせる。小さなハキモノは女の世界の狭さの象徴であり、その狭さを女と男は違う意味で理解する。
 乳房を豊かに盛り上がらせ、か細いウエストを演出したコルセットはブラジャーやガードルへと形を変えた。胴だけでなく腹部を締め付けるガードルがパンツ型であるのは貞操帯の機能も備えていることは、周知の事実だ。
 男に媚び、隷属する時代は終わったのだ。
 今こそ、女は自分自身のために生きるべきである。
 淑女の衣服を脱ぎ捨て、共に立ち上がろうではないか!


 粗末な紙に書かれた文字は力強く、文面は扇情的であった。ミスター・フィッツは紙から視線を剥がし、目の前に座っている少女をつぶさに観察した。プラチナブロンドの巻き毛が肩にかかり、リバティプリントの青の花柄ワンピースに映えていた。顔は疲労が滲み出ているが、充分に愛くるしい。クレヨンで絵を描き、ブランコをこぎ、母親に甘える、どこにでもいそうな少女だ。
 ミスター・フィッツは、今日、幾度となく発した質問を繰り返した。
「これを書いたのは誰なんだい?」
「知らないよう。お外に落ちていたのを拾っただけだもん」
「お外のどこに落ちていたんだい?」
「おじさん、おなかすいた。トイレに行きたい。喉が渇いた。これ、痛いよう」
「お外のどこに落ちていたんだい?」
「痛いよう、おじさん、これ、外してよう」
「どこに落ちていたのか、教えてくれたら外してあげるよ」
「おなかすいた、ママ、ママ」
「どこに落ちていたか、教えてくれないとママのところには帰れないよ」
「痛いよう、外してよう」
「どこに落ちていたんだい?」
「やだやだ、おうちにかえりたいよう! ママ、ママ」
「どこに落ちていたんだい? おなかがすいたのなら、ビスケットを持ってこさせよう」
「公園だよ、おなかすいたよう!」
 少女は顔を仰向けにし、口を大きく開けて泣き出した。涙が双鉾から流れるが、手を動かすことができないので拭うことはできない。涙と鼻水と涎で顔が汚れていく。独身のミスター・フィッツにはどうすることもできなかった。たとえ独身でなかったとしても、大人の男性が泣く子を宥めることは無理なことだった。

 ミスター・フィッツはベルを鳴らし看守を呼んだ。二人の看守は少女を椅子に拘束していたベルトを外した。少女は啜り泣きながらも笑顔を見せた。看守は少女の手首を拘束していた鎖も外そうとし、ミスター・フィッツに止められた。
「そのままG棟の独房行きだ。許可が下り次第、正常化する」
 少女の形相が一変した。
「くそやろう、家に帰すって言ったじゃないか!」
 少女は足をばたつかせて暴れ、ミスター・フィッツや体制を罵った。看守は少女の口に手早く拘束マスクを嵌めた。皮のマスクは、前に使用した人間の血と吐瀉物の混じった匂いがした。目を剥いてマスクの中で叫ぶが、言葉にはならない。暴れる少女を軽々と抱きかかえ、看守はミスター・フィッツの部屋を出た。

 先の大戦終了後、自然分娩では子供は生まれなくなってしまった。大戦前に保存されていた遺伝子を使って人間を誕生させることはできたが、問題が起きた。知性だ。知性を持った子供は、国家が教育プログラムから削除した情報を既に得ており、体制にとっては、きわめて危険であった。
 現在、「公園」なるものは存在しない。少女の知性は墓穴を掘ったのだ。ミスター・フィッツは現職に就く際に教育を受けたので「公園」という言葉は知っているが、それは勿論危険分子を判断するための知識としてだ。
 ミスター・フィッツは報告書をタイプすると、上層部へ送った。終業時刻が過ぎた。上着の袖に腕を通しながら、夕食にはミスター・フィッツの好物を作ると言った母の言葉を思い出した。母は貞淑でつつましい家庭婦人であるから、ガードルを身につけている。夫以外の人間はガードルを脱がすことができないようになっているのだ。女性が発言権を持つようになり、世界が混沌の途を辿ったのは言うまでもなく、性の乱れなど言語道断だ。
 ミスター・フィッツは思索の底に沈んでいた自分に気づき、苦笑した。部屋をざっと点検しながら、心は既に自宅に飛んでいた。食後は地下室で、曽祖父が遺してくれた鉄道模型で遊ぶのだ。レールの上を走る列車を思い浮かべ、顔がほころんだ。


   −了−

〜「クレヨン、ガードル、高下駄」「語り口を工夫する」

先日から、ジョナサン・キャロルの短編を読んでいて、その影響が残っている(と本人は思っている)仕上がりとなった。
作中で、もっと登場人物の思考を飛ばせたかったのだけれど、あまり飛んでない(^^ゞ

遺伝子云々はテキトー。
芳野の理科の理解能力では、こ、こ、こ、これが玄界灘なんでいっ!


く〜〜〜。
推敲ミスが。。。。
鍛練場投稿作を少々訂正しました。。。。

えーと、

書いてます、二作並行で。

一作は『累卵』。
応募先も決めました。
『女による女のための R-18文学賞』。規定枚数がちょうどよく、メールで原稿送付なので楽です。締め切りにも間にあいそうですし。
22枚くらいまで進みました。32枚前後で収まる筈。
性を意識したものになりますが、肝心な箇所はまだ書いてない(笑) 
って、笑っている場合じゃないな。
書きあがる前から腰が引けているのだけれど、落選したら、そのままひっそりと芳野のPCにお蔵入りします。
多分、一週間くらいで初稿は終わると思う。
この素材でちゃんと書けるのか、だとか、くそったれ冗長、だとか、どヘタクソ、だとか、ぶつぶつ呟きながら書いてます。

もう一作は、かなり前に『羊の葉結み』に投稿した短い二作品(蝶の話とサルタンの話)を作中作に使う話。
女性主人公がメイドとなり、屋敷の男主人とのあれこれの話だったのだけれども、どう考えても50枚くらいにしかならなかった。
その屋敷に勤めるまでのことは、さらっと回想にする予定だったんだけれど、ちゃんと書くことにしてプロットを作ってみたら、150枚くらいまでには行きそうな気がしてきました。
自分の頭の悪さを痛感したり(資料を読んでも記憶に残らない)、文章力のなさにがっかりしたり、と前途多難ですねー。
でも、こういった話の応募先が、皆目見当がつかなかったのが、ちょうどよい所を見つけたので。
雪が降るまでに初稿を終えれば、間に合うので、頑張りたいなあ。

どちらの作品も女性主人公で一人称で話が進んでいきますが、二作目の方は三人称に変えるかもしれない。途中で行き詰まりそうな気がする。三人称に変えても途中で(略











    えーと、がんばりまするるる。。。。

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