SSFCもそろそろ終わりに近づいてきました。
作品への感想も出揃い、楽しく読ませてもらっています。
他作品への感想で他の方が書かれていたことで、少し気になったことがありました。
小さな嘘が散りばめられていると、大きな嘘は見つけづらい。
と、まあ、こんな感じ。
件の作品を読み返してみたところ、作者は小さな嘘も大きな嘘も書いているわけではなく、単に、設定が甘かったと思うのですが。
先程の感想者は、読者の誰も、小さな設定ミスは気づくのに、肝心な設定ミスに気づかないということを指摘したのでした。
私は、その大きな設定ミスに気づかなかったのだけれど、良く言えば素直な読者で、作品の初期設定には疑問を抱かないのだ。話の流れの中での矛盾には気づくのだけれどね。
まあ、そんなことはどうでもよろし。
面白いなあ、と思ったのは、先程の「小さな嘘 大きな嘘」ってことで、これについて少し書きたい。
先日、読了した『荊の城』byサラ・ウォーターズ。
ロンドンの下町で盗品売買他いかがわしいことをしている家で育ったスゥ(この家の母に実子のように育てられる。実母は絞首刑になった)と、郊外のブライア(荊の意)城で伯父と共に暮らしているモード。スゥは詐欺師の手伝いとして、モードのメイドとしてブライア城に入るのだけれど……。
スゥとモードの一人称で交互に語られていく話です。
ミステリだから、勿論さまざまな謎や仕掛けがあって、小さな嘘が暴かれていくのだけど、2/3くらいで、大きな嘘がわかります。丁寧に書かれているから、そこでわからない読者もラストでちゃんとわかります。
で、まあ、芳野は素直な読者なものだから、2/3でわかったのだけれど、勘のいい人であれば、もっと早くにわかったのかも。
「小さな嘘 大きな嘘」から考えが飛んでいって、他のことも考えてみたのだけれど、それが「小さな棘 大きな棘」。
キングの『ニードフル・シングス』ってこんな感じかなあ、と思ったのだけれど、未読だし映画も見てないんで、そこまでは書けなかった(なんとも中途半端なレスを返信したと思い、少々反省)。
作中に小さな棘や悪意を散りばめていけば、大きな棘や悪意には気づかないものかなあ、などとそんなことを思ったのでした。
小さな善意でも、小さな優しさでも、なんでもいいのですけれどね。
いつか、何かで書いてみようと思ったのでした。
ただ、それだけ。