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Author:芳野 朔
芳野です。自作小説と手芸、日々の雑感をたま〜に綴っていきます。尚、ここに投稿された小説の著作権は全て私、芳野にあり、他の文章はその筆者に著作権があります。無断転載・盗用等を禁止します。

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ウイルスバスター・その後

順調に働いていてくれているウイルスバスターなのだけれど(インストールした後にちょっと紆余曲折はあった)、先日、赤の警告がばばばっと出ました。
「ウイルスが検出されたけれど、自動で処理できませんでした。」
と、確か、そんな感じの文章が。
調べてみると、そのウイルスはトロイの木馬系らしいのですが、特に害はないとのこと。
削除しようとは思ったのですよ、なんたって、赤の警告ですし、
にもかかわらず!、
何故か削除できずに、しかもその警告も消えてしまった!!


一瞬頭が真っ白になったものの、
ま、いいか、特に害はないんだし、と思いなおし、ネットに接続すると、画面がどこかヘン。
よくよく見ると、メニューバー(ファイル、編集、表示、お気に入り、ツール、ヘルプ)が消えているじゃないですか!!!

焦ったのなんのって、
ええ、そりゃあもう、調べましたとも。ネットでも本でも。できることは何でもしてみたけれど、どうにもならず、もう、このままメニューバーなしで生きていくしかないのかな、とか、まあ、あれこれと。
考えるに、多分、あの赤の警告に出ていたウイルスのせいじゃないかと。特に害はなくても、そういう悪さをするウイルスがあるとか。違うかなあ。なんたって芳野の勝手な推測だから、あまり信憑性はないですねー。


で、ネット検索をしていて知ったのですけれど、IE7というのが新しくできたのですね。
http://www.microsoft.com/japan/windows/ie/default.mspx
早速インストールしましたとも!!!
メニューバーは、いつでも表示できるようになっていますし(喜)、画面がすっきりとしています。
水色を基調としていて、なんだか知的で爽やかな画面です。

ウイルスの方は気になったので検索してみましたが、スパイウエアが一個見つかっただけで(なんともなさそうだったけれど、一応削除)、大丈夫でした。


進化しているんだか、後退しているんだか、なんだかわけのわからないPC生活を送ってます。

左手首が痛い・その後

左手首が痛かったのですけれど、そのうち治るだろうと放っておいたのですが、日増しに痛くなってきました。
親指の付け根の辺りにころころとした骨があるでしょう、あそこを押すと痛いんです。相変わらず掌を上にすると痛いし。もしやヒビが入ったのか剥離骨折か複雑骨折か、と、とにかく、これは骨折に違いない!、と思い、今日、総合病院へ行くついでがあったので、ついでに整形外科で診てもらってきました。




腱鞘炎でした。。。。。。

前に軽い腱鞘炎になったことはあるのだけれど(字の書きすぎやキーボードの打ちすぎで)、その時は手首から肘にかけての位置だったから、まさか、こんな所(手首のころころ骨の辺り)が腱鞘炎になるなんて!、とビックリでしたー。

「注射を打ちますか?」と言われて、「ハイ」と答えたのですけど。
私、お医者さんの打つ注射って信用できないんですよね。
だから、お医者さんが黄土色の消毒液の染みたコットンをピンセットでつまんで消毒し、注射針を持った時には、内心ヒエエエ〜状態でした。
しかも! 注射針が刺さって液が中に流れていくと、患部がこんもりと盛り上がっていくのですよ。
目の錯覚かと(何しろ、受付してから診察を受けるまでに三時間半は待たされた)思ったのだけれど、やはり盛り上がっている!
液がもれたんじゃないかとプチパニック状態になったのですけど、これが正常の状態とのこと。ほっと一安心。

担当のお医者さんは優しかったです。
注射針を刺された時に顔をしかめた芳野に向かって「大丈夫ですか!?」と声をかけてくれました。
きっと、芳野は注射が苦手なのだろう、と思われたのだろうけれど、お医者さんに注射を打たれるのがイヤなんだ、とは言えませんでした。

そんなこんなで、後は、塗り薬で治るそうです。
もし皆さんの手首が痛くなったのなら、腱鞘炎を疑ってみてください〜。

『LOVE』

 裁判官を務めていた夫が定年退職をしたのは昨年のことだった。働いていた時は「ゆっくり休みたい」「旅行に行きたい」「思う存分読書がしたい」などと言っていたのだが、いざ、四六時中家に居るようになるとすぐに退屈してしまった。これといって趣味のなかった夫は、図書館に通って郷土出身の俳人の足跡を辿ったり、カルチャーセンターで陶芸や短歌を学んだりしたのだが、どれも長続きしなかった。それが、昨夏、突然「ピアノを習いたい」と宣言し、近所のピアノ教室に通い始めたのだ。
「あーあ、また始まった。どうせ一ヶ月坊主なのに」と娘は呆れて言った。その一言が気に障ったのか、一ヶ月どころか、半年以上も続いている。習い始めの頃、夫は譜面にドレミと片仮名で書いて、片手で練習した。ポツン、ポツンと鳴っていた音は、やがてたどたどしいながらも両手の音が響くようになり、午前午後と二時間ずつ練習した成果が出るようになった。娘が帰宅するのを待ちかまえて質問をしたり、娘にお手本で弾かせたりもした。中学生の頃までピアノを習っていた娘はブランクが長く、それほど上手には弾けないのだが、夫が弾いているのをみると、自分も弾きたくなるのか、昔の楽譜を広げて弾いたりもした。十年以上も鳴ることのなかったピアノは、居間の飾り物でしかなかったのに、父娘二人によって息を吹き返したようだ。
 夫も娘と共通の話題ができたのが嬉しいのか、クラシックのコンサートに家族三人で出かけたり、知人に宛てた年賀状には「六法全書をオタマジャクシの楽譜に持ち替えて、日々励んでおります。今では娘と連弾ができるようになりました」などと書いて、娘にまたもや呆れられていた。
 その娘もこの春には嫁いでしまう。
 勤めている会社は三月末で退職するのだが、年度末も重なり、連日残業で忙しい。昨夜は趣味のテニスサークルでお別れ会をしてくれたとかで、帰宅したのは遅かった。
 夫は午前九時になるとピアノの練習を始める。平日も日曜も関係ない。ハノンの音階練習を終え、今はブルグミュラーの『貴婦人の乗馬』を弾いている。二階の部屋からスリッパの足音も高く娘が下りてきた。髪をくしゃくしゃにさせパジャマ姿のまま台所にやってくると、居間との仕切りのドアをバタンと閉めた。開口一番、早口でまくしたてる。
「ママ、パパのピアノを止めさてよ。せめて練習は午後からにして、って言って。もう最悪。寝てられないのよ。騒音だよ、あれは。ご近所だって迷惑しているよ」
 娘は冷蔵庫からウーロン茶のペットボトルを取り出すと、ごくごくと飲んだ。
「ほら、コップに入れて飲んで。そんな格好でいたら俊彦さんに嫌われるわよ。夕べは遅かったわね。パパ、心配してずっと起きていたみたいよ。それにピアノはパパの楽しみだからねえ」
「知ってる。説教されたし。まったく小さな子供じゃないから心配しなくてもいいのに、う、頭が痛い」
 娘はダイニングテーブルの上に突っ伏した。
「お願いだから力任せにフォルテシモで弾かないで、って言ってきてよ、ママ。ただでさえか二日酔いで頭がガンガンしていると言うのに、これじゃあ頭がサンドバッグ状態だよ」
 私は娘に見えないようにして微笑んだ。確かにあれは貴婦人ではなく巨人の乗馬だ。話題を変えよう。
「今日は俊彦さんが来るのでしょう?」
「うん。式場で待ち合わせて最後の打ち合わせ。それから足りない家具を見て回って、晩御飯はこっちで食べていい?」
「勿論いいわよ。俊彦さんの好きなものを作るわね」
「サンキュー、ママ。じゃ、シャワーを浴びて、出かける用意をするね」
 そう言って、娘はあくびをしながら浴室に向かった。

 娘が出かけると、夫はナット・キング・コールの曲を練習し始めた。
 ウエディングドレス姿で娘が披露宴会場に入る際に弾くのだ、と張り切っている。ピアノの先生に初心者用に楽譜を書き直してもらい、猛特訓をしている。夫も娘も泣かなければいいけれど、と私は少し心配だ。さあ、買い物に出かけて、晩御飯の用意をしなくちゃ。

  −了−

「ピアノ、サンドバッグ、六法全書」


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『いつかイルカの夢と漂って』

 まひるちゃんが新婚旅行のお土産に七宝焼きのロケットを買ってきてくれた。
「ほら、ここを押すと開くでしょ。中に写真を入れることができるのよ。沙耶ちゃん、好きな人の写真を入れれば、いつも一緒にいるみたいな気分になるよ」
 私はこっくりと頷いて藍色のロケットを受け取った。楕円形のロケットは真ん中がこんもりと盛り上がっていて、シルバーのイルカが描かれていた。まひるちゃんは一言二言付け加え、私の頭を撫でると部屋から出て行った。

 
 まひるちゃんは私より十歳上のお姉さん。
 本当の名前はあひる。生まれたての赤ちゃんを見たお父さんが、口元がアヒルにそっくりだったものだから、「やあ、あひる」と呼びかけて、それが名前になるとこだったんだけど、お母さんが猛反対して「まひる」になったんだ、と笑いながら言っていた。
 神話の世界では神様が最初に口に出した言葉が、そのものの名前になるのにね、とまひるちゃんは、ふっ、と付け加えた。
 でも、私にはまひるちゃんは真昼ちゃんのままで、それが一番しっくりとくる名前。

 まひるちゃんの言葉は全部覚えている。
 真面目くさった顔で言ったことも笑いながらの冗談も、おまけのように、ふっ、と付け加えた言葉も。おまけの言葉は最後に言うものだから、もしかすると、他の言葉よりもずっと私の心に沈んでいるのかもしれない。

 私がお家から出られなくなったのはいつからだろう。
 小学校五年生の春か夏の始まりの頃?
 お父さんの仕事の関係で今まで住んでいた街から引っ越してきて、学校も変わって、友達が全然できなくて、それからそれから……。学校に行こうと頑張ってみたけれど、校門を見ただけで足がすくんで動けなくなった。夏の初めには朝ごはんの匂いを嗅いだだけで吐いてしまったり、おなかが痛くなってトイレから出られなくなった。
 お母さんに怒られたり泣かれたりして、お父さんはそんなお母さんを怒って二人は大喧嘩をして、私はベッドの上で布団をすっぽりとかぶって震えていた。丸くなったまま、どんどん小さくなってしまえばいいのに、っていつも思っていた。夜は怖い夢にうなされるから、部屋の灯りをつけっ放しでないと眠ることができなかった。

 学校に行かなくてもいいよ、ってお父さんとお母さんが言ってくれたのは秋の終わり頃。でも、ちゃんとお勉強はしようね、と、家庭教師の先生を連れてきた。
 ショートカットで小柄な大学生のお姉さんは、お化粧もしてなくて、年も私とそんなに違わないような気がした。小さな顔に瞳が大きくて、唇は薄いけれど横に大きめ。ちょっと唇を尖らせ、そのまま横に広げて、にこっと笑った。口元の左には笑窪ができた。
「こんにちは、沙耶ちゃん、オカダアヒルです。岡山の岡に田んぼの田、醜いアヒルの子のアヒル、変な名前でしょ、でも本名なんだ。あ、眉毛、ちょっと失敗して薄くなっているから、怖そうに見えるだろうけど、全然怖くないからね。ヨ、ロ、シ、ク!」
 私はびっくりしてお姉さんの顔を見てしまった。お姉さんは頬を膨らませて顔を真っ赤にしたかと思うと、ぷーっと吹き出した。
「ゴメンゴメン。本当はね、こう書くの」
 お姉さんはトートバッグの中からノートを取り出すと「岡田まひる」とボールペンで書き、名前の話をしてくれた。
 
 まひるちゃんは大学を卒業してからも私の家庭教師をしてくれた。一緒に映画に行ったり、お洋服を買ったり、ボーリングやカラオケにも行った。まひるちゃんのお仕事が忙しくなって、まひるちゃんに彼氏ができて、私と会ってくれる時間は少なくなったけれど、メールや電話でいつも話してくれた。
 まひるちゃんが彼氏と結婚することになって、私はとてもとても喜んだ。まひるちゃんの結婚式にも招待されて、教会から出てきたまひるちゃんがとても綺麗で、本当に本当に嬉しかった。まひるちゃんが幸せなんだから、だから、私も嬉しい、きっと。きっと。


「イルカはね、夢を見ないの。でも、一緒に泳いだ人の夢を感じ取るんだって。怖い夢も悲しい夢もイルカが代わりに引き受けてくれるの。だから、沙耶ちゃん、夜もこのロケットをつけていると、大丈夫だよ」
 そう付け加え、私の頭を撫でるとまひるちゃんは部屋から出て行った。
 暗闇の中に私はまた一人。
 私はイルカのロケットを握りしめ、「大丈夫だよ」とまひるちゃんの言葉を繰り返す。そのうちにロケットが温かくなった気がして、掌を開いてみると、イルカがほんわりと灯っていた。

 ーー了ーー

「あひる、七宝焼、ロケット」「嘘をつく話」


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